ぺんぎんのお話

「ウド君とぺんぎん」

イラスト ウド君にペンギンがうんちをかけるところ

ウドという男の子がいました。引っ越してきたばかりのウド君には学校に友達がいません。でもその代わりウド君にはペンギンのお友達がいます。「ケープペンギン」と札のついた冊にウド君が近寄ると必ず岩場から顔を出してやってくるのです。

2人は昔から仲良しだったわけではありません。ウド君が引っ越してきて、学校で誰とも話せず落ち込んで帰ってきた日のことです。気晴らしにお母さんが水族館にウド君を連れて行きました。

「お母さん、僕そんな気分じゃないんだ。お魚さんと友達になれって言うのかい?」

ウド君はそう言って入口付近のペンギンコーナーのベンチに座りこんでしまったのです。

「君あぶないよ」

飼育員さんの声がして、顔を上げた時でした。白い水が顔にかかってウド君はびっくり。なんと柵の向こうから一匹のペンギンがお尻を向けていたのです。そう、どうやら白い水はペンギンのうんちだったみたい。

「なにするんだ」

とペンギンに向かってウド君が声をあげます。でも今度はおしりを振って、自前のつばさでペンペンおしりを叩いています。その様子に他のお客さんもびっくり。

「あはは、なんだおまえ」

思わずウド君も笑ってしまいます。飼育員さんは開いた口がふさがりません。ウド君が手を叩いて笑っていると、それに合わせてペンギンもペチペチペチ。それから2人の掛け合いは瞬く間に水族館の名物になったのです。おかげでひとりぼっちだったウド君はあっという間に人気者。

「今日はショーをやらないの?」

いつしか2人の掛け合いはショーになっていたくらいでした。そんな日がずぅっと続きました。正確には10年くらい続きました。でもそんな日々もある出来事をきっかけに、なくなってしまったのです。それはウド君が高校生になってからのことです。その頃ウド君には恋人がいました。それも街一番の美人で有名な女の子です。遊園地に行ったり、ご飯を食べたり、いつも一緒です。でもウド君、水族館のショーだけは毎日欠かしません。ある日、彼女と手をつないで歩いていたときのこと。

「ねぇ、今晩もショーやるんでしょ?」

彼女の声はいつもより高くて、秋の夕暮れの中、透き通るようです。

「まぁね、見に来てくれる?」

ウド君はそうたずねると、ふんふんと鼻を鳴らします。

「見るんじゃなくて、私も出たい」

ふいのお願いに戸惑いましたが、彼女のお願いにウド君は逆らえません。

「じゃあ、ペンギンにも聞いてくれる?あいつがいいっていうならいいよ」

彼女と水族館に入るのは初めてのことです。入口からペンギンはもう柵の前で待ち構えているのが見えます。でもウド君が女の子と手をつないでいるのを見えたのでしょう。なにやら首を傾げているようです。

「わたしも出たいの。ウド君の彼女よ。いいでしょう?」

彼女は柵に近づくと、事前に言われた通り、ペンギンにもショーに参加していいかたずねました。ペンギンはうなづいたと思うと、ふいに後ろを向いておしりを突き出します。ウド君が彼女とペンギンの間に入ろうとしますが、遅かったみたい。

ぶりゅっ。

うんち発射です。白い液体が彼女めがけて降り注ぎます。運良く、的中はしませんでしたがお気に入りの服に少しはねてしまったようです。

「きゃあ」とのけぞった彼女を見て、ペンギンはくちばしあけて大笑い。

すぐに彼女の元に駆け寄るウド君ですが、差し出した手を振り払われてしまいます。飼育員さんも他のお客さんも、一連の様子にやれやれと首を振るばかり。真っ赤になった彼女はそのまま帰ってしまったのです。何度も止めようとしますが、振り返ってはくれません。

「お前のせいだぞ」

まだ笑っているペンギンにウド君は静かにそう言います。初めて見るウド君の表情に、きょとんとしたペンギンは左右に体を揺らして、ウド君に近づいてきます。そしてウド君にさわろうと柵の間から精一杯短いつばさを伸ばします。しかし、ウド君はさわろうとしません。握った両手の拳は震えているようです。そのうちウド君の目から涙がにじんで

「このまま、あの子から連絡がこなかったらお前ともそれっきりだからな」

と言って帰ろうとします。後ろから何かこすれる音が聞こえてきたので振り返ると、くちばしで柵をかじっているのがぼやけて見えます。涙がこぼれますが、ウド君はそのまま水族館を後にしたのでした。

それっきり、彼女と連絡が途絶えてしまったウド君。水族館へも行くこともしないまま、ときは流れます。大人になって、一人暮らしを始めたウド君。会社では事務の仕事をしていました。むずかしいことがたくさん書かれた紙の山に囲まれた職場です。

「あ、あいつ暗いよな」

「誰とも連絡交換しないみたいだ」

「飲み会にもこないよな」

周りからはそんな陰口が聞こえてきます。そうです。ウド君は職場で、評判が良いとは言えませんでした。ウド君自身、あの水族館での一件以来、人と関わることを避けるようになっていました。

そんなある日の帰り道。桜の木につぼみができてきた春の始まり。一通の手紙がウド君の住むアパートのポストに入っておりました。あの水族館からのお手紙です。もちろん差出人はあのペンギンではありません。どうやら飼育員さんからのよう。お手紙にはこんなことが書かれていました。

ウド君へ

元気にしてるかな?僕のことは覚えていないだろうけど、最初あのペンギンが君に糞をかけたときはどうなるかと思ったよ。実はあのペンギン、来る人来る人にうんちをかけるから嫌われていたんだ。だからいつもひとりぼっち。でも君と出会ったあの日から変わったんだ。

僕たち飼育員も不思議だったけどね。さみしかったんだと思う。かまってほしくていたずらしてたんじゃないかな。あの一件のことは、残念だった。でもね。怒らないで聞いてほしいんだけど君と仲良くなれたように、同じ方法で君の連れてきた女の子とも仲良くなろうとしたんじゃないかな。

まぁ今更って感じもするのだろうけど、お手紙を書いたのはその一件のことだけじゃないんだ。ペンギンは人間よりも寿命が早くてね、あのペンギンも今じゃ最年長のお年寄りさ。よかったら一度でいいから最後に会ってやってほしい。

PS.柵をかじるのが癖になってる!うんこまき散らしてたときよりは世話が楽だけどね

お手紙を読んだウド君はそのまま会社に電話をかけました。

「明日急ですがお休みを下さい」

そう言って受話器を置くと、すぐに家を後にしたのでした。水族館は10年前に比べると、ところどころ錆びていたり汚れていましたが、それでも手入れが行き届いているのがわかります。懐かしい思いに浸りながらも、ウド君は水族館に入っていきます。

「や、来たね」

手紙の差出人の飼育員さんが早速挨拶に来てくれました。ウド君には見覚えのある顔でしたが、あの頃と比べると少しやせたみたい。案内されたのは昔目にしていたペンギンコーナーの裏側でした。

後ろから見るとあの岩場が本当はハリボテでできているのがわかります。

「今思えばたったあれだけのことで、会えなくなっちゃったのか自分でもわからないんです」

案内されている途中、ウド君はそんなことを口にします。すると飼育員さん、腕を組みながらうーんと言って

「きっとそういうの君だけじゃないよ。誰だって分かり合えない時がある。それに比べて君たちは同じ動物でもない。分かり合えていた時期があるってこと、それを忘れないでいてくれるとうれしいな」

飼育員さんが重い扉を開けると、黒と白の色のはっきりしたペンギンたちが一斉にやってきます。餌の時間だと勘違いしたのですね。ですが、隅の方でうずくまるように座っているペンギンがいます。ウド君が近づいても気付かないようです。

「最近はほとんど目が見えていないんだ」

ウド君はうまく声が出せませんでした。何かが胸にこみ上げてきてそれを抑えるのに必死です。飼育員さんが抱き上げて、ウド君の方へ連れてきてくれます。そしてウド君がペンギンを背中からそっと両方のつばさの下から手を差し込んだ時でした。ふわっとペンギンがお尻だけあげて

ぶりゅっ。

飼育員さんもこれには仰天です。飛んできた白いうんちは見事にウド君の顔に命中。くちばしを薄く開けて、ペンギンは笑っているようです。ペンギンは最初からウド君が来てくれたことをわかってたようです。

「なにするんだ」

大きな声でそう言いながら、涙をこぼして、初めてひとりぼっちと一匹は抱き合ったのでした。

戻る