ぺんぎんのお話

「カラスの飛び方」

イラスト カラスが空から落ちていくイラスト

「あぁ、あの白い大鷲が雷に打たれてしまいますように」

そうつぶやきながら翼を折られた一匹の黒いカラスが、空から真っ逆さまに落ちていきます。はるか上空では白い大鷲が羽を広げて、光の中を飛んでいます。大鷲の勝利を称えるように輝く太陽を睨みながら、カラスはなすすべもなく落ちていくのでした。

それというのもカラスは大鷲に勝負を挑んで負けたのです。どれだけ速く、高く飛べるか。大空を舞う鳥たちの上下関係を決める一世一代の大勝負に負けたのです。トップに君臨する大鷲に勝負を挑む鳥なんて、何十年も現れませんでした。負ければ最後、殺されてしまいます。羽をむしられ、鋭いクチバシで痛めつけられてしまいます。カラスはそれでも、それを知っていても大鷲に挑んで、負けたのです。

もしカラスが落ちた先が海でなかったら、もし潮の流れが味方してくれなかったら、きっと助からなかったことでしょう。カラスは波に揺られて、傷口にしみる海水に苦しみながらも、運よくとある島に流れ着いたのでした。

そこは「飛ぶことをやめた鳥たちの住む」島でした。

気がつくと辺りはもう真っ暗です。ザザーン、ザザーン。波の打ち寄せる音がすぐ傍から聞こえてきます。うつぶせのお腹の下はひんやりしていて、どうやらここは岩の上のようです。誰かがここまで運んでくれたのでしょうか。体は乾いていて、動くことはできませんが傷もひどくは痛みません。

チッチッチ

石の上を枝でこすったような音がします。カラスがそっと薄目を開けると、そこには今まで見たこともない鳥がいました。体は小さく、茶色くてタワシのように毛が逆立っています。ミミズを咥えていて、カラスの隣にちょんと置くと、チッチッチ。どこかへ行ってしまうようでした。

「やぁ、君が助けてくれたのかい?」

タワシのようなその鳥はカラスの声に飛び上がって、すぐに暗闇に消えてしまいました。それからほどなくして、カラスがうとうとし始めた頃、今度はさっきの鳥が緑色の大きなオウムのような鳥を引き連れてやってきました。

「わしはカカポ。この島では長老とも呼ばれておる。そしてこの茶色いのはキウイという」

しわがれた声で緑色の鳥が言います。

「僕はカラスだ。君たちが助けてくれたのかい?」

「そうじゃ、といっても見つけたのはキウイだがの。聞きたいことは山ほどあるじゃろうが、傷が癒えるまではお主、ここにいてもよいぞ」

のぞきこむように体を屈ませたカカポがそう答えます。

「それはどうもありがとう。ところでこの島には君達を食べてしまうような動物はいないのかい?」

カラスのその質問にカカポはにんまりと笑うと

「ここは『飛ぶことをやめた鳥たち』の住む島じゃて。よって動けぬお主が襲われることもないだろうて」と答えたのでした。

カラスの傷が治るまでの間、色んな鳥たちが餌や薬草を持ってきてくれました。確かにどの鳥も飛ぶことはできないようです。ようやく体を起こして歩けるようになった頃、長老の言葉の本当の意味がわかってきました。島にはうっそうとした森が広がっていますが、肉食の動物とはただの一度も出会いません。代わりにキウイやカカポのような飛べない鳥たちが好きなように歩き回れるのです。本来、地上の外敵から身を守るための『飛ぶ』という行為が必要なくなった結果、ここの鳥たちは文字通り『飛ぶことをやめた』のです。

また別の海岸に行くと、翼の代わりにヒレのついた白と黒のペンギンという鳥がいます。彼らは海にもぐって深いところまで泳いで、魚をとって生活するというのです。

「でも俺たちは大空のことは何もわからないよ」

とペンギンたちは言います。

「僕にだって知らないことがたくさんあるよ」

「え、どこへだって飛んでいけるのに?」

カラスがそう言うと、近くに集まってきたキウイたちがきょとんとした顔でそう聞きます。長老のカカポものそのそとやってきました。

「土のにおいと、海がしょっぱいことと、飛ばないってこと」

カラスがそう答えます。するとキウイたちは首を傾げますが、長老だけはこくんとうなづくと

「お前さん、白の大鷲と戦ったそうじゃないか。こんな辺鄙な島にも流れてくるぐらいのビッグニュースじゃ。しかも接線だったそうじゃないか。理由次第によってはもう少しここへいてもよいぞ」と言いました。

確かに戻っても大鷲に生きていることがばれて、殺されてしまうかもしれません。カラスはしばらく黙っていましたが、少しずつ自分のことを話し始めました。

カラスは飛ぶことが下手です。群れで飛んでいても一匹だけ風に流されてはぐれてしまいます。高い建物にもしょっちゅうぶつかります。だから飛び方ですべてが決まる大空の世界ではいつも馬鹿にされて生きてきました。

「なるほど。それで見返したかったということじゃな。じゃが、そんなお前さんがあの大鷲と接戦まで持ち込めたという話、それは嘘かいな」

その通りでしたが、カラスは真っ向から勝負を挑んだわけではありませんでした。勝負の前日に大鷲の巣に忍び込んで、相手の足と自分の足を紐で結びつけたのです。そうすれば大鷲と同じ速さで飛ぶことができますし、大鷲が疲れたところで追い越せばいいと考えたのでした。

カラスがそこまで話したところで、話を聞いていた鳥たちは一斉に笑い出します。

「お前さん、気に入ったよ。なぁ、みんな」

どうしておかしいのか、首をかしげているとカカポがみんなにそう尋ねます。他の鳥たちはうなづきあいます。

「どうしてだい?僕はズルをしたんだぜ?」

「大空のやつって飛ぶことしか頭にないと思ってたけどさ、あんたみたいなやつなら大歓迎。工夫するってかっこいいじゃん」

『ズル』と思っていたことを『工夫』とペンギンに言われたカラスは、思わず頭をかきます。

「その代わり、お前さん飛べるようになったら、働いてもらうぞ?ただ飯を食わして帰すわけにもいかんしな」と言いながらカカポはにやりと笑います。

「それからここは風の流れが変わりやすいんじゃ。得られることがあるかもしれんの」

翼が治ると、早速カラスはまずペンギンの巣作りの手伝いを言い渡されます。

「巣をつくるために石が必要だ。いい石を選んで運んできてほしい」

ペンギンにそう言われるとカラスは飛ぶまでもなく、近くの小石を拾ってきます。ペンギンがクチバシで突っつくと石は簡単に割れてしまいました。

「やわらかい石は水を吸っちゃうだろ?それだと雨なんか降った日には巣の中に水が溜まっちまう。水はけのいい固い石を島のどこかから探してきてくれ」

そう言われて実際に飛んでみると、すぐに風に流されてしまいます。長老の言うとおり、ここは風の流れが複雑そうです。風向きも、強さもすぐに変わってしまうのです。しかも水はけのいい石は結局、一日かけて標高の高い川が流れているところで手に入れることができました。数日の間はペンギンのために石を運び続けました。

「助かったよ、次はキウイたちを手伝ってやってくれ」

今度はキウイたちのところへカラスは飛んでいきます。すると木々の生い茂った場所を探してきてほしいというのです。

「ここじゃだめなのかい?」とカラスは辺りを見渡します。木々の葉で太陽の光も届かないぐらいうっそうとしているのです。

「ここらのミミズや種をたくさん食べてしまったからね。このままじゃ森が枯れちゃう。森が枯れちゃうのは僕らにとって、困ること。だから新しい場所を上空から探してきてほしいんだ」

小さいキウイたちのお願いごとはとても高い上空からでないとかなえられません。今度はもっともっと高く飛ぶ必要があるのです。なにせ島を見渡せる場所まで飛ばなくてはならないのです。カラスは早速挑戦してみますが、空の高いところは風が激しく乱れていて、すぐに疲れてしまいます。

「僕たちのお願いは別に急いでないから、他の鳥たちのお願いを聞いてあげて。その合間にでもやってくれればいいよ」

とキウイが言うので、カラスはその通りにしました。

しかし他の鳥たちのお願いも簡単ではありません。遠くまで何かを運んだり、運んできたり、時には長老のカカポを背に乗せて飛ばなくてはいけないこともありました。

「風に逆らおうとするからじゃ」

背中越しにカカポが言います。

「どうにもならないことには一度身を任してみるのもいい。がむしゃらに動くよりずっと楽じゃぞ。お前さんにとっては簡単なことじゃて」

カカポの言うとおりにしてみると、右や左に体は流されます。でもここは風向きも強さも変わりやすいので、風が穏やかなときに行きたい方向へ距離をかせいでおけば時間はかかってもあまり疲れませんし、目的地にたどり着けるのでした。短い距離を走るか、遠回りして歩くかだったら、歩く方が疲れません。これなら一日に何度も飛ぶことができます。でもキウイのお願いを達成するにはもっと上空の気流の激しいところを飛ばなければいけません。そんなところで風に身を任せていると、どこか遠くのほうへ飛ばされてしまいます。

失敗しても、だめだとわかっていても、何日も考えながら飛ぶ日々が続きます。でも何度やってもうまくはいきません。そんなある日のことです。カラスが海岸である相談事のためにペンギンとお話をしていたときのことです。地平線の向こうで白い点のようなものがふわふわ浮いているのが見えました。点は段々大きくなり、最初はかもめかと思いました。しかし、すぐにその正体がわかったカラスはペンギンたちに巣へ戻るように伝えました。自分のことでほかの鳥たちを巻き込むわけにはいかなかったのです。カラスは一匹、波打ち際の岩の上で、白の大鷲が来るのを待ち構えました。

「よう、また会えたな」

大鷲は翼をたたみながら、隣の岩の上にふわりと着陸します。

「あの日、俺様との勝負でズルをして、なお負けたお前が生きていると聞いてな。風のうわささ。空の世界を汚したお前は死ななければならない。殺しにきたのさ」

聞けば大鷲は数日の間、ずっとカラスが落ちた付近を探していたそうなのです。よく見ると大鷲の翼は島周辺の乱気流のせいで傷つき、海水にも浸ったせいかところどころが汚れています。

「わかった。でもその前にもう一度勝負をしてくれないか。『接戦』と言われたままじゃ、たまらないだろ?君が勝ったら、おとなしく殺されるって約束するさ」

話を聞いたカラスが言うと、

「約束など信じられるものか。だが確かにお前のような卑怯者と『接戦』など鳥肌が立つ。いいだろう、勝負はいつにするつもりだ」と大鷲がたずねました。

「今からさ」そうカラスは答えると、突然海水を大鷲に浴びせかけたのです。大鷲の傷口に容赦なく海水が降り注ぎます。ギャア、痛みのあまり大鷲がのたうちまわっているすきにカラスは飛びたちます。こうして二回目の勝負は始まったのです。天気は晴れ、空気は乾いていて、視界は良好です。空の状態を確認していたカラスが後ろを振り返ると、もう大鷲が背中に迫ってきていました。大鷲の目は赤く充血しており、今にもカラスを殺そうとしているようです。このままでは殺されてしまいます。しかし、ここは普通の空ではありません。横から吹いてきた突風に、二匹とも吹き飛ばされてしまいます。

「どうだい、ここの風は」とカラスが大鷲に向かって大声でたずねます。

「どうもこうも、お前だって流されているじゃないか」大鷲はそれ以上相手にせず、上へ上へと飛ぼうとします。対して、カラスはずっと下の方を飛んだまま。色んな方向から向かってくる風に押し戻されながらも、大鷲は上を目指して飛ぼうとします。

「はぁ、はぁ」

押し戻されるたびに体力だけが奪われて、大鷲は息を切らしてなおも飛び続けました。ふと下の方にいるカラスを探しますがどこにも見当たりません。

「逃げたのか」

「ここにいるよ」

びっくりして辺りを見渡すとカラスが大鷲の真横を飛んでいるのです。またズルをされたのか足を見ますが、どこにも糸はありません。さっきまで低いところを飛んでいたカラスは上へ下へ、左へ右へ、流されながらも確実に上へ向かって飛んでいたのでした。逆に疲れきった大鷲の視界はぼやけ、段々下へと落ちていくのでした。

「次はキウイとの約束だな」

そう言ってカラスは、はるか上空を睨みます。元々、この日カラスはキウイとの約束を果たすつもりでした。そのためには島を一望できるぐらい空高くを飛ばなければなりません。風はだんだん激しくなり、身を任せているだけでは遠くに飛ばされてしまいます。でもそうならないために、昼間、カラスはペンギンにある相談事をしたのでした。

「海が荒れているとき、どうやって潜ってるかだって?」

岩場のペンギンがものめずらしそうにカラスを見ながらそういいます。カラスは気流の乱れた上空を荒れている海と同じだと考えたのです。そこでペンギンに相談を持ちかけたのでした。

「まず行きたい方向と逆の流れには身を縮めて、同じ方向の流れにはこうやってヒレを開くんだ。そうすりゃ、ほしい流れは集まるし、いらない流れは集まらない」

ペンギンはそういいながら片方のヒレで、もう片方の挙げたヒレの脇を差します。カラスは話を聞きながら自分の翼を広げたり、閉じたりします。上空を思い浮かべながらその動作を何度も繰り返します。

その作戦はカラスが思い描いていた以上に効果がありました。上から下へ押し付ける風には翼を閉じて、下から上へ吹き上げる風には翼を広げます。そうすることでカラスの体はあっという間に上空へと舞い上がります。辺りが灰色になって、雲のところまで到着したことがわかります。振り返ると、夕日で橙色に染まった島の全体が見渡すことができます。おかげでカラスがいた場所から少し北西に森が広がっているのが確認できました。キウイのお願いをかなえるためにやってきましたが、見渡すと他にも島があちこちにあり、白い点がふわふわ飛んでいるのが見えます。きっとあの大鷲でしょう。途端にカラスは自分が大きくなったように感じられました。それなのに、隣の島のこともこの世界のことも何にもわからないのです。カラスもいよいよ疲れてきてしまい、ゆっくりと飛べない鳥たちの住む地上へと降りていったのでした。

地上に降り立つと他の鳥たちがみんなで待っていました。

「どうだった。空からの様子は?」

キウイ達が待ちわびていたように聞いてきます。

「最高だったよ」

カラスはそう答えてから、新しい森の位置を丁寧に教えてあげました。それからペンギンに教えてもらったことが役に立ったとお礼を言いました。

「で、これからどうする気じゃ。お前さん」

長老のカカポが最後にカラスに尋ねます。その質問に他の鳥たちはしんっと静まります。カラスの答えは決まっていました。

「世界中を旅して、そしたらまたここに帰ってくるよ。上空を飛んでみてわかった。この世界には僕が知らないことが多すぎる。この島に来なかったら、ずっと『飛ぶ』ことは苦しいことだった。でも『飛ぶ』ってもっと自由だったんだ。君たちにとってはそれが『考える』ってことなんだと思う」

そう答えると、長老のカカポはにこやかに笑いました。

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